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大阪地方裁判所 昭和27年(ワ)4826号 判決

原告 都築紡績株式会社

被告 新野村貿易株式会社

主文

被告は原告に対し金六百十二万円及びこれに対する昭和二十八年四月十八日から右完済まで年六分の金員を支払え。

原告のその余の請求を棄却する。

訴訟費用は被告の負担とする。

この判決は主文第一項に限り原告において金二百万円の担保を供するときは仮に執行することができる。

事実

原告訴訟代理人は、被告は原告に対し金六百七十二万円及びこれに対する昭和二十七年十月二十三日から右完済まで年六分の金員を支払え。訴訟費用は被告の負担とする。との判決並びに担保提供による仮執行の宣言を求め、請求の原因として、原告は紡績並びに織布業を営むもの、被告は繊維類等の貿易業を営むものであるところ、原告は昭和二十六年十月十七日被告に対し輸出用綿布として、一二〇本細布(三六吋幅四〇碼もの)二十万碼を碼単価金九十三円六十銭(ただし内金一円は荷造表装運賃荷役その他の費用)、代金一千八百七十二万円、洋梱包、納期昭和二十七年一月乃至三月(一月中七万碼、二月中七万碼、三月中六万碼)、臨港倉庫渡の約旨で売渡したが、右契約に従い被告に対し出荷するには出荷数量、出荷先、梱包方式、製品の仕上方法、マークの刷入方法、外装の状態、納期その他必要事項を定めた出荷指図を必要とし、被告は原告に対し右指図をなすべき義務あるに拘らず、納期中は勿論納期後においても同指図をなさず原告より再三再四右指図又は売買の目的物の引渡を請求したるもこれに応じないので、原告は昭和二十七年十月七日付書面(以下第一回書面と略称する。)をもつて被告に対し同書面到達後十四日間内に前記売買の目的物を引取ること、並びに右期間内に引取のないときは同期間の経過と共に右契約を解除する旨の催告並びに条件付契約解除の意思表示をなし、右書面は翌八日被告に到達したが、被告は右期間内に引取並びに出荷指図をしないので前記契約は同月二十二日限り解除せられた。そして前記売買の目的物の碼単価は金九十三円六十銭であつて、これから荷造表装運賃等の費用金一円を控除した実質的碼単価は金九十二円六十銭であるが、右解除時における右商品の時価は碼当り金五十九円であるから、原告は右解除により碼当り金三十三円六十銭、契約数量二十万碼につき金六百七十二万円の値下りによる損害を被つた。そこで被告に対し右損害金六百七十二万円及びこれに対する昭和二十七年十月二十三日から右完済まで商事法定利率年六分の遅延損害金の支払を求める。

仮に第一回書面により契約解除の効果なしとするも、原告は昭和二十八年四月二日付書面(以下第二回書面と略称する。)をもつて被告に対し、もし第一回書面により契約解除の効果がないときとの条件付で、原告の売買の目的物は当時既に製織完了し、目下現品手持中で、被告の出荷指図に従い何時にても出荷し得る状態にあるから、同書面到達後七日間内に出荷指図せられたきこと、原告は同指図後五日間内に梱包、仕立、マーク刷込等を完了し出荷し得るよう準備完了しているから、七日間内に出荷指図をなした上十四日間内に引取られたきこと、並びに右期間内に出荷指図なく引取なきときは同期間の経過と共に右契約を解除する旨の催告並びに条件付契約解除の意思表示をなし、右書面は翌三日被告に到達したが、被告は右期間内に出荷指図並びに引取をしないので前記契約は同月十七日限り解除せられた。そして右解除時における売買の目的物の時価は前同様碼当り金五十九円であるから、原告は右解除により前述の場合と同額の値下りによる損害を被つた。そこで、被告に対し右損害金六百七十二万円及びこれに対する昭和二十八年四月十八日から右完済まで前記遅延損害金の支払を求める。

仮に然らずとするも、綿糸布の大口取引において売主は買主に対し相当の期間を定めてその引取方を催告し買主が右期間内に引取らぬときは売主は契約解除し売買価額と右解除時の価額との差額を損害金として請求し得べき商慣習が存在するところ、原告は前述のとおり二回に亘つて被告に引取方を催告し契約を解除したから右商慣習に基き被告に対し右差額である前記金額及びこれに対する昭和二十七年十月二十三日又は昭和二十八年四月十八日から右完済まで前記遅延損害金の支払を求める。

又仮に然らずとするも、前述の如く原告は売主としてなすべきすべての行為を契約期間内に完了し、買主である被告に対し出荷指図並びに引取を請求したに拘らず、被告は右指図並びに引取をせず受領遅滞に陥つたものである。そこで被告に対し前記売買代金の中金六百七十二万円及びこれに対する昭和二十七年十月二十三日から右完済まで前記遅延損害金の支払を求める。と述べ、被告の主張事実を否認した。〈立証省略〉

被告訴訟代理人は、原告の請求を棄却する。訴訟費用は原告の負担とする。との判決を求め、答弁として、原告主張の事実の中原被告が原告主張の如き業をそれぞれ営むものであること、被告が原告主張の日原告との間にその主張の如き売買契約を結んだこと、並びに原告主張の日その主張の如き各書面が到達したことは認めるが、その余の事実はすべて争う。織布の如き相場の変動の激しい商品の売買はその性質上確定期売買に属するものであるし又前記契約において確定期売買である旨の特約があつたものである。そして被告は契約納期に原告から商品納入された暁における輸出計画を樹立していたところ、原告は右納入をなさず遂に被告は右契約をなした目的を達することが不可能となつたものであるが、右契約は納期経過後は商法第五百二十五条の規定により当然解除せられたものである。

仮に然らずとするも、被告は昭和二十六年十一月十五日原告に対し出荷指図をなしたにも拘らず、原告は右契約を履行しなかつたから履行遅滞に陥つたものである。

仮に被告において右指図をなした事実なしとするも、被告は原告に対し右指図をなすべき義務を負担していない。かえつて右指図は売買の目的物の引取と共に買主たる被告の権利であるから、右指図が被告の義務であることを前提とし契約解除をなすことは失当である。仮に右指図をもつて被告の義務なりとするも、売買契約における買主の基本的義務は代金支払義務であり、基本的義務に非ざる出荷指図義務不履行をもつて契約解除をなすことはできない。原告は被告の右指図なくとも標準の目的物を標準の梱包で商法第五百十六条の規定による履行地で引渡す等その履行をなすことができるものである。

更に、原告主張の各催告に際し原告は売買の目的物の製織完了し履行の提供を要するに拘らず、原告は納期においても、その主張の各催告時においても右目的物を在庫していなかつたものであるから、右各催告はいずれも不適法である。なお原告主張の第一回書面による催告は売買の目的物の引取の催告であつて出荷指図請求の催告ではないから不適法である。従つて契約解除の効果は生じない。

以上の次第で被告は原告の請求には応ずることができない。と述べた。〈立証省略〉

理由

原被告が原告主張の如き業をそれぞれ営むものであること、原告主張の日原被告間にその主張の如き売買契約が締結されたこと並びにその主張の日その主張の如き各書面がそれぞれ被告に到達したことは当事者間に争いがない。

被告は右契約はその性質上および原被告間の特約から確定期売買である故履行期の経過により当然解除されたものである旨主張するのでこの点について考えてみる。相場の変動の激しい商品の売買はその性質上直ちに確定期売買であるとは断じ難いのみならず証人広田務の証言によると、右契約の目的物である一二〇本細布は当時季節に干係なく何時でも使用されて最も需要が広く内外を問わず売れる商品であつたこと、並びに輸出用綿布の取引にあつても商社において海外取引先へ納期遅延の諒解を求め得る余地の存することが認められるから、前記契約はその性質上確定期売買であると解し難いといわねばならない。右認定に牴触する鑑定人伊藤三朗の鑑定の結果はその理由薄弱のためたやすく措信し難い。そして又被告主張の確定期売買の特約はその全立証によるもこれを肯認し難いのみならず、かえつて証人柴田牧男の証言によると右の如き特約の存在しない事実が推認されるをもつて被告の右主張はこれを採用し難い。

次に、被告は原告に対し出荷指図をなしたに拘らず原告において契約を履行せず履行遅滞に陥つたものである旨主張するが、右主張事実に副う証人川村英夫、同細谷正美、同岸上弘の各証言は後記証拠に対比してたやすく措信し難いのみならず、かえつて証人柴田牧男、同大沢司、同榊原純平の各証言によると、原告は昭和二十六年十二月中被告に対し屡々前記契約の出荷指図を催促していたが、被告は右指図をなさず、翌二十七年一月中原告の社員が右指図請求のため被告の事務所に赴いた際被告の社員から右出荷指図書は既に原告に対し交付済である旨告げられ、右控書は係員不在のため不明なるも後刻判明次第連絡をするとの返事を得て帰つたが被告から原告に何等連絡のなかつたこと、並びに原告は被告に対しその後も再三再四右指図を請求し続けたが被告は一向に原告に対し右指図を出さぬ裡に前記契約の納期を経過して了つた事実が肯認される。乙第一号証の存在は右認定の妨げとはならない。以上の事実によれば結局被告において納期前又は納期中に原告に対し出荷指図をなさなかつたことに帰着するといわねばならない、従つて右主張は失当である。

次に被告は出荷指図は被告の義務ではない又その義務としても契約解除は失当である旨主張するのでこの点について考えてみるに証人山田正臣の証言によりその成立を是認する甲第五号証の一乃至三並びに同証言によると、綿布取引における出荷指図は目的物の出荷先、仕立方法、荷造方法、原反面体裁、包装面体裁、外装マーク等を指定し契約履行の具体的方法を特定するもの、すなわち契約細則ともいうべきものであることが明らかであるが、鑑定人犬塚正一、同松原賢悟の各鑑定の結果並びに証人柴田牧男、同大沢司、同広田務の各証言を綜合すると、製造業者(売主)と商社(買主)との間の輸出用綿布の取引においては売主は買主の出荷指図に従うべく、買主は売主に対し出荷指図をなすべき義務があるとの商慣習の存在することが認められるから、原被告は右慣習に従い前記契約を締結したと解するのが相当である。そして右鑑定の結果によると、製造業者、商社間の前記取引において売主は買主の出荷指図がなければ出荷が不可能であり又出荷の必要なきことが認められるのみならず、同指図は前述のとおり契約細則である故右契約自体が更に出荷指図を必要としない程完備している場合(本件に於ては成立に争いのない甲第一号証の一、二によるもかゝる事実は認め難い)はとにかく同指図なき限り、売主は或程度の履行の準備はなし得ても、契約の本旨に従つた履行の提供は勿論その準備の完結さえも到底なし得ず、結局売主はその履行を拒絶されるに等しいこととなるから、買主において契約の本旨に従つた完全な履行を期待しその履行を求める権利を有する以上出荷指図は代金支払義務と共にその重大な義務に属するものというべきであり、右出荷指図義務不履行の場合、売主はこれに基き契約を解除し得ると解するのが相当である。右認定に反する鑑定人伊藤三朗の鑑定の結果はその理由薄弱のためたやすく措信し難い。従つて被告の右主張はいずれも失当である。

次に、被告は原告において前記契約の履行期及び原告主張の各催告時において売買の目的物を在庫していなかつたから右各催告は不適法である旨主張するが、証人成沢与市郎の証言によりその成立を是認する甲第六号証、第十一乃至第十四号証の各一、二によると、原告においては右履行期の昭和二十七年一月乃至三月、第一回書面による催告時の同年十月七日、第二回書面による催告時の昭和二十八年四月二日の各当時、前記契約の目的物である一二〇本細布は契約数量の二十万碼を遙に上廻る在庫を有していた事実が明らかである。証人岸上弘の証言は右認定の妨げとはならない。従つて右主張も亦失当であるといわねばならない。

更に、被告は原告主張の第一回書面による催告は不適法である旨主張するのでこの点について考えてみるに、成立に争いのない甲第四号証によると、原告は被告に対し書面到達後十四日間内に売買の目的物の引取方を催告したに止まり、出荷指図の請求については言及していないことが認められる。尤も右引取の催告には出荷指図の請求が前提となるものであることは勿論であり右は原被告間においては自明の事柄に属するけれども、重要な法効果を伴う契約解除の催告としては不十分の憾みあり不適法たるを免れない。

然し乍ら、原告主張の第二回書面による催告並びに条件付契約解除の意思表示については何等不適法な点は認め難いから、原被告間の前記売買契約は昭和二十八年四月十七日限り解除せられたものといわねばならない。進んで、原告主張の損害額について考えてみるに、前記契約の目的物である一二〇本細布(通称二〇二三番)の契約の碼単価は金九十三円六十銭であつて荷造表装運賃等の費用金一円を控訴した裸単価は金九十二円六十銭であるが、成立に争いのない甲第十号証の三によると右解除時の昭和二十八年四月十七日当時右商品の時価は碼当り金六十二円であることが認められるから、結局契約時より碼当り金三十円六十銭、契約数量二十万碼につき金六百十二万円の値下りを見た訳であり、原告は前記契約解除により同額の損害を被つたというべきである。従つて、被告は原告に対し右損害金六百十二万円及びこれに対する昭和二十八年四月十八日から右完済まで商事法定利率年六分の遅延損害金を支払うべき義務を免れない。

すると、原告の請求中右の部分は正当であるからこれを認容し、その余の部分は失当であるからこれを棄却し、民事訴訟法第九十二条、第百九十六条を適用して主文のとおり判決する。

(裁判官 乾久治 仲西二郎 白須賀佳男)

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